邦人の誘拐事件から始まった南米のゴルフ紀行は如何だったでしょうか?
読者の中には、もっと危険な地域で就労されていた方もいらっしゃると思うが、
南米の場合、そのリスクの隣り合わせに、素晴らしいこともあるので、
俗にいう「ハイリスク、ハイリターン」な場所と思えば、納得感はある?かもしれない(個人によっては、冗談じゃないよと考える方もいらっしゃると思う。)
小生は、当時、なぜか「ハイリスク、ハイリターン」好きの「住めば都」派だった。
ただし、還暦を過ぎた今、その冒険心はなくなったと思う。
無くなったというより、そのような生活の中の緊張感に、精神力と体力がついていけず、落とし穴に落ちる確率が若い頃より格段に上昇していると感じる。
年齢を重ねると「君子危うきに近寄らず」が正しい選択だと思う。
今回紹介するのは、1948年設立(設立後75年経過)、カラカスの北西(車で市内から30~40分)、標高1,600mにある
「Junko Golf Club」である。
日本語読みでは「ジュンコ」となるが、スペイン語では、「フンコ」と読む。
男性の名前で、「Jose」を「ホセ」と読むのでも想像がつく。
(山小屋風なクラブハウス)
(遠くカリブ海を望む)
(最後は上りの18番ホール)
(グリーンに近づくほど、ホールは狭くなっており正確なショットが求められた。)
写真のとおり、カラカスから約600m標高が高く、年中快適にラウンドができるが
雨季は山中にあるため、コースが雲の中にすっぽりと入る。
霧(雲)で全く視界がなくなるため、中止せざるを得ないことも多かった。
ホール間も結構な山道で、高低差もあるため、ホールアウトしたところに車(バン)が待機していて、それに乗って次のホールに移動する場所もあった。
これが、茶店の役割も果たしていて、「冷たい飲み物や温かいコーヒー」そして、美味な「アレパ」(ベネズエラ風ピロシキ)が、次のホールへの活力となった。
当時、このバンに乗り込む前のグリーンでは。必ず「村長さん(一番近いところでパットした人が村長さんとなり、茶店代を支払う)」をしていたのが懐かしい。
(アレパの中身は、チーズと煮込んだホロホロの牛肉が一般的だが、卵のアレパ、チキンのアレパ、イグアナのアレパ、サメのアレパなど種類も豊富だ。)
小生は、前述のものを全て頂いたが、イグアナは、チキンかなって思ったし、サメは白身のお魚かなって感じだった)
この「フンコ ゴルフ クラブ」での注意点は、以下の通り。
①ホール間の移動の時、しばしば山賊がでる。
山賊は、拳銃を持っているので、抵抗はできない。
従って、ラウンド中には、必ず5,000円程度の命金(ドルか現地通貨のボリーバル)を必ず用意しておく。
②キャディは、一人に一人ついて、バックを担ぐスタイル(カートはない)。
ラウンドの最初に、バック内にあるものを、キャディとともに確認作業が必要となる。
これを行わないと、ラウンド後に「雨具」や「ボール」がなくなっても文句は言えないのである。
「雨具」を盗まれたり、ホール間でホールドアップに会い、命金を奪われたり、南米の高原ゴルフ場で、日本とは一味違った「ゴルフ修行」が始まったのである。
掲載日:2023年8月25日